日本最初の工業用水は川崎だった!|二ヶ領用水

平間に用事があり、自転車で行きました。帰路、いつもの道なのですが、平間の排水所の近くで、ふと脇に目をやりますと...
わが国最初の工業用水なんて看板。

わが国最初の工業用水|二ヶ領用水

わが国最初の工業用水|二ヶ領用水

その下には説明が書いてありまして…

鳥居の所で用水は町田掘と大師堀に分水、昭和一四年わが国最初の工業用水として一日に二万七千トンの取水が行われ、四九年まで平間浄水場から臨海部の工場地帯へと供給された。

↑とのこと。
普段から見慣れたせせらぎ、桜の名所でもある二ヶ領用水は、日本最初の工業用水だったんですね!
鳥居のところ、というのは、二ヶ領用水とJR南武線がクロスするあたりにある、水門のこと。なぜか水門の上は鳥居の形になっているんです。安全祈願でしょうか??
わが国最初の工業用水である二ヶ領用水、気になってしかたがないから、調べてみました。

川崎市のホームページ
川崎市幸区:新川崎・鹿島田地域
↑によりますと...

二ヶ領用水の歴史は江戸時代までさかのぼります。時の将軍、徳川家康から江戸近辺の治水と新田開発を命じられた小泉次大夫(こいずみじだゆう)が、慶長二年(1597)に多摩川の下流右岸(川崎側)の二ヶ領とと左岸(東京側)の二ヶ領を合わせた四ヶ領の用水の建設を始めて、約14年の歳月をかけてついに慶長十六年(1611)に完成させました。二ヶ領とは当時、稲毛領・川崎領の二つにまたがっていたことに由来しています。

↑なんですって。関ヶ原の戦いの3年前に建設が始まり、完成したのが1611年。ってことは、400年以上の歴史があるってことですね!!

当初は農業用水だった二ヶ領用水ですが、その後、川崎市の工業化が進行し、これまで水田であった土地の宅地化も進み、川崎市の人口も急速に増加しました。

川崎市の海沿いの埋め立てが進み工場が増えるに従い、昭和 14(1939)年には、二ヶ領用水の余剰水を上平間の取水口から取り入れた、日本初の公営工業用水道が創設され、海沿いの工場地帯に工業用水が供給されました。市内の 16 工場に給水され、戦時中には大量の水を消費する軍需工場にも二ヶ領用水の水が使われていました。更に、昭和 34(1959)年には稲田取水場が建設され、更なる水が二ヶ領用水から工業用水として市内各種の工場へと配水されました。

↑とのこと。
多摩川の上流、多摩区宿河原の辺りで取水される二ヶ領用水は、幹線水路及び支線水路の延長が約189.4km(推定距離)にも及ぶそうです。

二ヶ領用水一斉清掃(2017年9月24日)
今月末、9月24日(日)に一斉清掃のイベントがあります。幸区では下平間稲荷公園に午前10時に集合です。
事前申し込み不要で、軍手やごみ袋の持参も不要とのことですので、興味のある方、是非どうぞ。

二ヶ領用水・鹿島田付近

二ヶ領用水・鹿島田付近

今となっては、穏やかなせせらぎで、鯉が元気に泳いでいますが、調べてみると、歴史もあり、様々な歴史を経験してきた用水路だったんですね。
春になると桜が綺麗な二ヶ領用水、もうちょっと探索してみようかな、なんて感じた管理人でした

↓こんな本もありました。

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生田緑地と二ヶ領用水ー神奈川県川崎市が紹介されています。